2020年10月22日

「結局のところ"夢"だったっつーことかな。」「この景色が見たくて履歴書を送った」「ノリと僅かな憧れ」「(もう一度嵐に)なると思いますよ」


これは、私が大切に抱きしめながら生きている言葉達。櫻井くんが、自分で選択してきた過去を、心の底からそう思っているんだと私達にも伝わるような柔らかい表情で、あるいは少しの気恥ずかしさが滲み出る言葉で肯定してくれる度に、私は救われてきました。


私は今までずっと櫻井くんのことを「本来この道で生きるはずではなかった人」だと思っていました。実際に事務所を辞めようとしていた、居るべき場所へと帰るはずだった17歳の秋。当時をリアルタイムでは知らないけれど、彼があの若さでこの道を選ぶことによって閉ざされた道があまりにも多かったことは容易に想像できます。21歳、御学友がスーツに身を包み始めた頃だってそう。


だから時々、櫻井くんが選ばなかった分去れのもう一方のその先にあった未来がどうしようもなく気になって、本人がどう思ってるのか勘繰って、勝手に苦しくなることもありました。ネクタイを締めた姿がフィーチャーされるだけで少しの不安に襲われたりもしました。きっと私が子供だったのでしょう。何万もの大衆の中「ステージ上終身雇用」と歌い上げた彼の覚悟に対してとても失礼だったなと反省しています。でも確かに不安だった。


だけど最近、櫻井くんにとってアイドルは天職だなあと思うことがあります。偶像として生きるにはあまりに素直で人間的な人。今までそんな風に思ったことなんて殆どなかったのに。寧ろそういう所も好きだけれど、だからこそ。


宇宙で一番可愛いお顔、3メートルは下らない長い脚、聴くと溶けそうになる甘い声、心の底から音楽を楽しむ姿、愛嬌、思慮深さ、懐の深さ、人に対する愛情。そして何より、自分の思いを自分の言葉で伝えることに対する強い拘り。


自分で選んだ道、「向いていなかったなんて言わせない」という気概と、必死になって積み重ねた「後悔しないための努力」がそうさせた、あくまでも結果論であると分かってはいますが。それでもこんな風に思えるのは嬉しくて。彼が少しずつ「これで良かった」を積み重ねて来たのだという事実があまりにも愛しくて。


櫻井くんの歌声、ステージで踊る姿、パフォーマンス中も常にどこか"こちら側"に意識を飛ばしてくれているような姿や、私たちのことを"いつも見てくれている"所、それに四人の隣で目を細める姿が。本当に大切で、涙が出るほど好きです。彼が「アイドルであること」は、本人にとっては些細なことかもしれません。でも私にとってはあまりにも重要だから。私の中にあった小さなかたまりを自分なりに消化できるようになるまで彼の生き様を見続けられて、言葉を追いかけ続けて来て本当に良かったなあ。


櫻井翔くん、25年というあまりにも長い時間、アイドルとして生きる選択をし続けてくれてありがとう。ステージに立ち続けてくれてありがとう。色んなものを背負って、守って、愛してくれて、言葉を尽くしてくれて本当にありがとう。今、私の周りは櫻井くんと出会ったおかげで手に入れることができた宝物で溢れています。


出来るなら、もう一度ペンライトの海を、あるいは、一度も叶わなかった、あなたを祝って真っ赤に染まる客席を。見せてあげたかったな。一緒に見たかったな。…そう思わない日はないけれど。この状況の中でもできることの最大限を追求して、目まぐるしいスピード感で日本中に元気と笑顔を届けてくれている嵐は、それを使命だと言った櫻井くんはまさしくアイドル、私たちの光です。ごめんねなんて言えないよ、ありがとう。


人生是一方通行。そう言ってあなたがまっすぐ見据える先を、夢を、少しでも長く一緒に見ていたい。一方で、エゴだと言われればそれまでだけど、あなたの心からの笑顔と幸せを願って、そしてそれを一緒に喜びたい。そんな風に思っています。


改めて、入所25周年。心からの感謝と祝福を。

博打と銘打ったその人生が、どうか大満足のいくものになりますように。